照りつける青春、それだった照りつける青春、それだった 海沿いの道を、君と自転車で走った。真夏の陽射しがアスファルトを白く照らし、潮風がシャツの裾を膨らませる。防波堤に腰を下ろすと、君はサンダルを脱いで、波打ち際まで駆けていった。
「こっちへおいでよ!」 振り返った君の笑顔が、眩しかった。僕は何か気の利いたことを言おうとして、結局、ただ手を振った。 遠くで誰かがピアノを弾いているような気がした。あれは海の音だったのかもしれない。
照りつける青春。僕らはまだ、帰り道のことさえ考えていなかった。
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君とピアノと、初夏の記憶
夜更けまで騒いでは、誰かが笑い、誰かが欠伸をした。テーブルには冷めたコーヒーと、食べかけのケーキ。窓の向こうを終電が走り抜ける。君は昔の恋の話を始めたけれど、途中で何を話していたか忘れてしまった。僕らはまた笑った。帰り際、君が「こんな時間がいいね」と呟いた。そう、何も起こらなかった夜が、いつまでも胸に残る。
夜更けまで騒いでは、近所のおじさんに叱られた。おばさんは呆れ顔で、焼きたてのパンを差し入れてくれた。「若いっていいねえ」なんて言いながら、いつの間にか一緒に歌っている。帰り道、商店街の灯りがひとつずつ消えていく。あの頃は気づかなかったけれど、僕らのたわいもない時間を、あの人たちはそっと見守ってくれていたんだ。ありがとう。
式根島だったろうか。それとも、記憶のどこかで別の夏と混じり合ってしまったのだろうか。
仲間たちと島へ渡った。名目は芝居の合宿だった。次の公演に向けて、台本を読み合わせたり、演出について意見を出し合ったりする。まあ、そういうことになっていた。
けれど、夏の島で、若者たちが一日じゅう芝居のことばかり考えていられるはずもない。昼間は海へ出かけ、夕方になると民宿の部屋に集まって、誰かの持ってきた菓子をつまみながら、取り留めのない話をした。
女の子は多かった。
それなのに、みんな妙に硬派だった。恋愛なんてものには関心がない、とでもいうような顔をしていた。少なくとも、僕たちはそういうふうに振る舞っていた。誰かを好きになったとしても、そんなことを口にするのは、芝居の台詞を間違えるより恥ずかしい。そんな時代だったのかもしれない。
午後、僕たちは海岸へ出た。
白い波が、岩のあいだを縫うようにして寄せてくる。陽射しを受けた水面は、細かなガラス片をばらまいたみたいに光っていた。誰かが靴を脱ぎ、誰かがズボンの裾をまくり上げた。僕も裸足になって、波打ち際まで歩いていった。
彼女が隣に立ったのは、そのときだった。
特別な理由があったわけではない。みんながそれぞれ海を眺めていたし、彼女だって、たまたまそこに来ただけなのだろう。
「冷たいね」
彼女が言った。
「そうだね」
僕は答えた。
それきりだった。
本当は、もう少し気の利いたことを言いたかった。海の向こうには何があるのだろう、とか、この島にずっといたら、僕たちの芝居も少しは変わるだろうか、とか。そんなことなら、いくらでも思いついたはずなのに、彼女の横顔を見ていると、どれも言葉にならなかった。
波が足もとを洗い、砂がさらさらと崩れていく。
彼女は、遠くにいる仲間たちを見ていた。誰かが大声で笑い、別の誰かがふざけて海へ走り込んでいる。僕たちも、あちらへ戻れば、いつもの仲間のひとりに過ぎない。芝居の話をして、冗談を言い、明日の予定を決める。きっと何も変わらない。
それでも、僕は思った。
昨日まで、彼女とのあいだには、見えない線が一本引かれていたのだ。仲間という線。友達という線。そして、その先へは立ち入らないという、僕たちが勝手に決めた線。
いま、その線がほんの少しだけ薄くなった気がした。
一センチ。
たった一センチくらい、僕たちの距離は縮まったのかもしれない。
彼女がこちらを向いた。
「明日の芝居、あの場面、もう一度やってみない?」
「ああ、やろう」
僕は、なるべく何でもないことのように答えた。
彼女は笑った。僕も笑った。
それだけのことだった。
けれど、その笑顔を見た瞬間、明日の稽古が少し楽しみになった。台詞の意味を考えたり、相手役の呼吸を感じたりすることが、今までとは違うものになるような気がした。
夕方、僕たちは宿へ戻った。
海岸からの道には、夏草の匂いが漂っていた。みんなは相変わらず騒がしく、誰かが歌い始めると、別の誰かが調子外れの声で合いの手を入れた。彼女もその輪のなかにいて、いつもと変わらない顔で笑っていた。
僕は、その姿を見ながら、さっきの海を思い出していた。
恋が始まったのかどうか、そんなことはわからない。そもそも、あの夏の僕たちは、恋という言葉を自分たちのために使うつもりさえなかったのだ。
ただ、波打ち際に立った二人の足もとで、砂が少しずつ形を変えていた。
波が寄せて、引いていく。
そのたびに、昨日までの僕たちとは違う何かが、ほんのわずかに残されていった。
あれから、ずいぶん長い時間が過ぎた。
島の名前も、宿の名前も、いくつかの出来事は曖昧になってしまった。仲間たちがその後どんな人生を歩んだのか、すべてを知っているわけでもない。
それでも、ときどき夏の海を見ると、思い出すことがある。
隣に立つ彼女の横顔。
「冷たいね」という、何でもない一言。
そして、恋愛とは無縁だと信じていた僕たちが、実はもう、ほんの一センチだけ、誰かのほうへ歩き出していたということを。
波打ち際には、足跡が残る。
けれど、次の波が来れば、やがて消えてしまう。
消えてしまうからこそ、あの夏の一センチは、今も僕のなかで、どこか眩しいままなのだ。
財団に携わっているスタッフ、理事、スポンサーは大切な存在です。そしてなにより大切なのは若い生徒たちです。13年前、今は亡き父とわたしは教育を通して若い世代が彼らの夢を実現できるようにと願いました。この仕事は今後も継続し発展させていく所存です。南カリフォルニアのラーニング。センターから、ワシントンDCでのアール
財団に携わっているスタッフ、理事、スポンサーは大切な存在です。そしてなにより大切なのは若い生徒たちです。13年前、今は亡き父とわたしは教育を通して若い世代が彼らの夢を実現できるようにと願いました。この仕事は今後も継続し発展させていく所存です。南カリフォルニアのラーニング。センターから、ワシントンDCでのアール